いたたまれなさは
自分の正しさを手放すためだった

こんにちは、伊藤 文です。
自分と会話をすることを通して
自分がなにを思っているのかを明らかにし
あなたが夢を叶えるために
今のあなたのままでできる
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◯生活のしくみ化だより 1521通目◯

いたたまれなさは
自分の正しさを手放すためだった

2019年8月24日

 

このおたよりでは、
以前のわたしと同じように
日々の仕事で消耗していて
解決の糸口を探しているあなたに、
自分と会話することで、
本来の自分を生きることを
お伝えしていきます。
この過程の中から
見えてくるなにかが、
あなたのお役にたてれば幸いです。

 


おはようございます。

 

今は仕事が閑散期で、

目の前に迫り来る締切もないので、

今日は仕事を

してもしなくてもいい日です。

こういうときに次への一手を

打っておくのがいいのだろうけど、

やらないでのんびりしそうです。

 

午後には仕事の講演会に行くけれど、

話の面白い演者なので、

エンターテイメントとして

聞きに行きます。

普段の仕事も

エンターテイメントを楽しむように

やりたいな。

 

昨日は

いたたまれなさを感じ続ける

という記事を書いたのですが、

24時間たった今、

もうほとんど感じていません。

 

そりゃあそのときのことを思い出せば

背筋は少し凍るけれど、

その瞬間の濃度でずっと感じ続ける

ということは

やりたくてもできないのか…

 

そう思うと

心が大きく震えるような

感情を感じるのって

喜びなんですね。

 

それから、こういう

自分の根本的な間違いが

(「間違い」とは?

わたしにとっては

「その場のルールにそぐわないこと」)

明らかになったことって

これまでの人生にも

何回かあったよな

って思い出しました。

 

ひどくショックを受けて

自分のダメさに

ビクビク怯えているときって、

それまで持っていた正しさを手放すから

すごく謙虚になれるみたいで、

読んでいる本や人の話の

吸収率が高まる気がしました。

 

そしてそれはなんだか

とても心地が良い感じでした。

 

自分が持っている正しさや定義を

いったん脇に置いておいてみる。

というのを思い出すための手段として

そんなにショッキングなできごとを

必要とはしたくないなあ。

 

だから、

本を読むとき、人の話を聞くとき、

自分が感じたことは感じたこととして

置いておいて、そのあとに

それって本当なのかな

と自分に疑いを向けることを

覚えておくようにします。


先日行った水族館。マイワシとサメ。

 

今日もあなたが

目の前のよろこびに

たくさん気づけますように。

2019年8月24日

伊藤 文


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